酷暑が襲った夏だった余波か、
この秋はなかなか、作物の豊饒の話も聞かれない。
東北や北陸の米処でも、
今年の収穫米の出来は、記録的な等級の低さだというし、
葉もの野菜に引き続き、
タマネギやジャガ芋も微妙に不良なのだとかで、
市場での高値は収まらず。
ブドウは、昼夜の温度差があって始めて甘さが蓄えられるのに、
いつまでも熱帯夜が続いたもんだから、
なかなか熟してくれなくて。
柿も同様で、
いつまでも涼しくならなんだものだから色づきが遅れ、
吊るし柿用の渋柿はとうとう、
産地としての本場では
売り出せるだけの収穫さえ出来なかったとか。
……だというのにね
島田せんせえのお宅では、
そりゃあ美味しい秋の豊饒が、
文字通りの山ほどお目見えしており。
「さすがは米処ですね、
早速炊いた新米の美味しかったこと。」
「にゃあっ!」
「栗ごはんもいいですが、
シメジや舞タケやと、
キノコもたくさんいただきましたから、
炊き込みご飯もいいですね。」
「みゃあみゅ!」
「松茸はとっても立派だから、姿焼きにしましょうね。」
「にゃあみゅっ。」
ギンナンとユリ根は茶わん蒸しですよね、
お芋はテンプラにして。
「そうそう、久蔵が向こうで、
ヤマメ?ですか、お魚を御馳走になったという話だから、
それじゃあこちらでは
秋刀魚の美味しいのをお返しせねばなりませんね。」
海のものにはなかなか縁がないとも仰せだったので、
皆さんの分も持ってってもらいましょうねと七郎次が付け足せば、
「にゃ? みゅ~~~。」
おやおや?
ここまでは威勢よく相槌を打っていた坊やが、
不意にその勢いを無くしたような。
母子の無邪気なシュプレヒコールもどきを、
暖かな秋の陽が降りそそぐリビングに同座しつつも、
何とも言えぬ苦笑混じりに聞いていた勘兵衛が。
自分のお膝にぽそり埋まるようになって座っている、
小さな仔猫様の金の綿毛を見下ろして、
「?? いかがした?」
大きな手のひらで髪を梳いてやりつつ尋ねれば、
「にぁにゃあみゅう…。」
ちょみっと心許ないお顔になって、
小さな肩越しに壮年殿の男臭いお顔を見上げて来る彼であり。
そちらは、相変わらずで、
あああ、なんて愛らしいお顔だろうかと、
白い手を拳にし、口許へと添わせた七郎次だったのへ、
おいおいとの視線を飛ばせば、
「なに、焼いた秋刀魚は苦いところもあるからと、
そこを案じているのでしょうよ。」
久蔵が大好きなカンナ村のキュウゾウお兄ちゃんは、
自分よりは年嵩なれど、それでもまだまだ子供な方だろうから。
いくら猫でも秋刀魚の腹は苦いんじゃないか、
そんなのあげては困らぬかと、そう思ったに違いない。
そうと見抜いた七郎次としては、
優しいお顔をはんなりとほころばせて、
「大丈夫ですよ、久蔵。」
「みゅう?」
向こうのシチロージさんやカンベエ様が、
そのくらいはちゃんと心得ておいでですからねと。
案じるように真っ赤な双眸を揺らめかせる仔猫へ、
それは優しく微笑ってやって、
「苦いものや辛いものは、
まだ早いからって大人のお二方がちゃんと避けてくださいます。」
「にゃう?」
「ええ。久蔵がサンマはにがいって知ってるのだって、
アタシや勘兵衛様がダメって止めたのに
食べるのって聞かなかったからでしょう?」
「ふにゃう…。////////」
七郎次からのそんな指摘に、
うにゃにゃと照れたようにもじもじしだし。
背中を預けていた勘兵衛のお腹へと、
くるり向き直ってのぱふりと抱きついたのは、
一丁前に照れ隠しのつもりだろうか。
小さな背中だけ見せている坊やとなったのへ、
こちらもまたくすぐったげに笑みを濃くした七郎次だったけれど、
「ヤマメもおるのか? カンナ村には。」
「え? ええはい。キュウゾウくんが以前話してくれましたよ?」
それはたくさんの秋の味覚を、
重たかっただろうに運んでくださった、
久蔵によく似た面差しの、小さな猫のお兄さん。
運んだだけじゃない、
キノコや栗を探して山の中を駆け回ったりもしただろし、
ギンナンは処理が要るのだ、
そのお手伝いだってしたのだろ、
そりゃあ働き者の坊やを思い出し、
“モンブランはともかく、
イチゴのショートやロールケーキはお好きだったのかなぁ?”
その折に、お土産にと持って帰っていただいた、
こちらの世界の生菓子も、ついでに思い出した七郎次。
食べ馴れないものだろし、
ホントは…ぐにゅぐにゅしているからとお好きじゃないかもとも、
思わぬではないのだが。
いやいや、あの笑顔に嘘はない…とも思い直していたところへと、
「以前に、カンナ村のあちこちをデジカメへ収めてもらっただろうよ。」
「はい? あ、ええ、そうでしたね。」
勘兵衛が何を聞きたいのか、何を思いついたのかが判らずに、
それがどうかしましたかと小首を傾げて見せたれば、
「いやなに。ヤマメはまま地付きだから判るとして。
そういえば、夏には鮎が捕れると話していたのを思い出しての。」
「それが……?」
頭上で交わされている大人のお話、
自分をからかうそれではなさそだなと、こそりお顔を上げた仔猫さんへ、
よしよしと穏やかな眼差しを向けてやりつつ、
「カンナ村はどうやら、
空中庭園状態の断崖絶壁の際にある土地らしいのだ。」
「お?」
「みゃ?」
手近にあったチラシの裏へ、
いつもポケットに常備なさっておいでのボールペンを取り出して、
数字の7の横棒を長めにしたような、
もしくは灯台でも建っていそうな岬を
横から見たようなと思わせる図形を描くと、
「この突端にあるようなものでな。
しかも、地続きになってはないとも話していただろう。」
「ええ。橋が落ちたら他の村へは行けなくなると。」
「となれば、水分まりと呼ぶ信仰のもとでもある潤沢な水は、
恐らくはこの村が出発点にあたる涌き水なのだろう。」
さすがは幻想ものとしてではあれ、
時代劇も書いておいでの作家なだけに。
農村の成り立ち、
特に地形などがパッと想定出来る勘兵衛であるらしいのだが。
「ところで、鮎というのは、
鮭のように、稚魚の間はよそにいて、
成魚になって初めて故郷の川に遡上する魚だろうが。」
あれ、えっとそうでしたっけ?
「だとしたら。
よその土地から川を逆上るって…どうやったらこうまで落差のある
渓流を上って来れるのだろかと思ってな。」
「…ですよねぇ。」
橋でしかこっちの地面とは繋がってない以上、
どこか川が落ちてゆく断崖でしか
水路も繋がってはないのでしょうし、と。
勘兵衛が言いたかったことがやっと判ったらしい七郎次もまた、
あれれぇと小首を傾げて見せて。
なかなかに根性のある鮎ばかりなんでしょかねぇ。(おいおい)
謎は深まるばかりでございます。(ちょっと待て)
~Fine~ 2010.10.22.
*藍羽さんところのキュウゾウくんが、
とんでもないお土産をたっくさん持って来てくれましたvv
「Sugar Kingdom」様、
『両手いっぱいに秋を抱えて』(10/19/火 )
秋の味覚の山盛りも凄かったですが、
小型化改良した鋼筒(ヤカン)という力持ちメカが楽しいったら。
ウチのちびキュウも、さすがに次からは慣れると思いますよ?(笑)
*そこから、秋の味覚と言えばと、いろいろと考えていて、
ふと気がついたのがこのネタで。
最初は、鮭が猟れたとしたら、
どんな根性のある鮭だろかと思ってしまいましてね。
だってあの急流、いやさ大瀑布を逆上るなんて……あり得ない。(笑)
ところで、調べてみると、
鮎は鮭の仲間で、秋に産卵され、生まれるとすぐ川を下り、
なんと海まで出てしまうのだとか。
(琵琶湖の鮎は別で、琵琶湖を海の変わりにするそうです)
そして、海で冬を越し、
春に故郷の川へ戻って来て縄張りを張るんですって。
ある意味、鮭と一緒やったんか、あんたら…。
*もしかして、
カンナ村の鮎は、村の外へまでは出て行かないのかも知れません。
そうなら勘兵衛様も悩むことはないでしょうね。
「勘兵衛様、そんなことを気になさってたのですか?」
「そんなこととは何ごとか。」
「だって、もしかしたら、カンナ村というのは
此処とは地面続きじゃあない土地かもしれないのですよ?」
「それはそうだが。だからといって、不思議なままにしておくのもな。」
「それに、久蔵には、
電話越しに気持ちが通じ合う、人間のお友達もおりますのに。」
「にゃん♪」
「むう…。」
そっちも一緒くたにして、いいのかなぁ…?
めーるふぉーむvv


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